親が元気なうちに実家じまいを始める判断の目安

親が元気なうちに動くかどうかは、親の年齢では決まりません。目安は年齢の側ではなく、家と親の生活に起きた出来事の側にあります。
使う引き金は5つ。判断能力が落ちた後は、施設に移った後の実家でも売却に家庭裁判所の許可が要り、許可なしの処分は無効になります。不動産の処分を動機とする後見の申立ては年15,502件です。
この記事の目次
判断の目安は年齢ではなく、外から見える5つの引き金
始めるかどうかは、親が何歳かではなく、家と親の生活の間に何が起きたかで決まります。年齢のばらつきは大きく、82歳で毎日運転している親も、67歳で入院する親もいます。出来事であれば、離れて住んでいても外から確認できます。
編集部が目安として置いているのは次の5つです。1つでも起きていれば、家の情報を集める段階に入っています。
| 引き金 | 外から確認できる事実 | 先に確かめるもの |
|---|---|---|
| ①施設入居や住み替えの話が出た | 見学の予約、資料の取り寄せ、費用の相談 | 入居費用の出どころ。家を売って充てる前提かどうか |
| ②免許を返納した、認知機能検査を受けた | 更新時の検査、家族からの説得 | 買い物と通院の動線。この家が生活を支えられるか |
| ③入院した、要介護認定を申請した | 認定調査、ケアマネジャーとの面談 | 在宅で続けるか、家を空けるかの分岐 |
| ④どちらかの親が亡くなり一人になった | 世帯が1人になる。管理する家の量は変わらない | 名義と権利証の在りか。家の広さと管理量 |
| ⑤親のほうから家の始末を口にした | この家はどうする、と聞かれた | 親の希望の中身。売る、貸す、残す、住み続ける |
①から④には日付が付きます。⑤に日付は付きませんが、親の側から始まった話なので、進めやすさは一番高くなります。逆に、5つとも起きていない段階で処分の相談から入ると、話はほぼ止まります。
引き金には数えていないものの、判断を早める材料が3つあります。設備の不具合や雨漏りといった家の劣化、家の中の段差、そしてあなた側のライフイベント(転勤、住宅の購入、子の独立)です。前の2つは住み続ける場合の改修費に直結するので②③と一緒に見ます。3つ目は実家に通える距離と頻度が変わる出来事なので、通いの前提が崩れる前に書類を揃えておく理由になります。
「元気なうち」を割合に置き換えると、折り返しは75歳
元気なうちという言葉は感覚で動くので、公表されている割合の側からも見ておきます。以下は2026年7月30日に確認した値です。
要介護の認定率は75歳を境に段が変わる
| 年齢 | 要支援の認定を受けた人 | 要介護の認定を受けた人 |
|---|---|---|
| 65〜74歳 | 1.4% | 3.0% |
| 75〜84歳 | 6.0% | 11.6% |
| 85歳以上 | 14.0% | 44.5% |
内閣府の令和7年版高齢社会白書に載っている令和4年度の割合です。65〜74歳では要介護が3.0%にとどまりますが、85歳以上では44.5%になります。年齢で線を引くなら、75歳が折り返しです。
健康寿命と平均寿命の差は、男で約8.5年、女で約11.6年
同じ白書によると、令和4年の健康寿命は男72.57年、女75.45年。同じ令和4年の平均寿命は男81.05年、女87.09年です(厚生労働省の令和6年簡易生命表の概況にある年次推移)。差は男8.48年、女11.64年になります。健康寿命は日常生活に制限のない期間の平均なので、この差の長さだけ、制限のある期間が見込まれていることになります。親と一緒に家のことを決められる時間は、平均寿命から逆算するより短く見ておくほうが実務に合います。
認知症と、その手前の状態を合わせると27.8%
令和4年の認知症の高齢者数は443.2万人(有病率12.3%)、軽度認知障害は558.5万人(有病率15.5%)と推計されています。合計で27.8%。令和22年にはそれぞれ584.2万人、612.8万人になると見込まれています。軽度認知障害は日常生活が自立しているため認知症とは診断されない状態を指すので、外から見て元気に見える親がここに含まれていることもあります。
これは親を疑うための数字ではありません。判断能力が落ちるかどうかは確率の話ですが、落ちた後に手続きの側が変わることは確実です。実務に効くのはその一点だけです。
判断能力が落ちた家は、施設に移った後でも家庭裁判所の案件になる
ここが、元気なうちに動くかどうかを分ける実務上の分岐です。裁判所の案内には、成年後見人などが本人に代わって居住用不動産を処分するには家庭裁判所の許可が必要で、許可を得ないで処分をした場合その処分は無効となる、と書かれています(裁判所「居住用不動産の処分についての許可」/2026年7月30日確認)。子が先に売って後から報告する、という進め方は成立しません。
施設に入った後の実家も、居住用不動産に含まれる
見落とされやすいのはここです。同じページは居住用不動産の範囲を、現に住居として使用している場合に限らず、本人が現在は病院や施設に入所しているため居住していないが将来居住する可能性がある場合、または入所前に居住していた場合なども含む、と説明しています。
つまり、親が施設に移って空き家になった実家であっても、後見が始まっていれば売却には許可が要ります。空き家にしたから自由に処分できる、にはなりません。処分に含まれる行為として挙げられているのは、売却、抵当権の設定、賃貸借契約の締結と解除、建物取り壊しです。解体も貸すことも、同じ枠の中に入ります。
手続き自体は重くありません。申立手数料は収入印紙800円分です。重いのは、その前に後見を開始させる工程のほうです。
間に合わなかった家は、年に15,502件ある
最高裁判所事務総局家庭局の集計(令和7年1月から12月)で、成年後見関係事件の申立ては43,159件、前年より約3.2%増えました。内訳は後見開始29,233件、保佐開始9,743件、補助開始3,302件、任意後見監督人選任881件です。開始原因は認知症が約61.3%を占めます。
申立ての動機の36.3%が不動産の処分
| 主な申立ての動機 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 預貯金等の管理・解約 | 39,871件 | 93.4% |
| 身上保護 | 31,655件 | 74.2% |
| 介護保険契約 | 19,502件 | 45.7% |
| 不動産の処分 | 15,502件 | 36.3% |
| 相続手続 | 10,909件 | 25.6% |
1件に複数の動機が付くため合計は終局事件数と一致しませんが、不動産を動かすために後見を申し立てた家が1年で15,502件あるということです。判断能力の低下に間に合わなかった家の実数に、これがいちばん近い数字になります。
動き出すまでの時間が読めない
審理期間は1か月以内が37.9%、2か月以内が71.1%、4か月以内が93.8%で、6か月を超えたものが1.9%あります。鑑定を実施したものは全体の約3.4%で、鑑定の費用は5万円以下が43.7%、10万円以下が85.8%でした。ここに、後見が開始した後で別途行う居住用不動産処分許可の申立てが加わります。売る話が動き出すまでに数か月を見ておくことになります。
後見人が子になるとは限らない
成年後見人等に選任されたもののうち、配偶者、親、子、兄弟姉妹などの親族は約16.4%にとどまり、親族以外が約83.6%です。家をどうするかの判断を、子ではなく第三者の専門職が担う可能性のほうが高いということになります。誰に任せるかを親自身が選べるのは、判断能力があるうちだけです。
元気なうちにしか結べない契約は、年に881件しか使われていない
判断能力が十分なうちに、本人が将来の代理人と結んでおく契約が任意後見です。法務省の説明では、任意後見人となる方や委任する事務の内容を公正証書による契約で定めておき、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます。誰に何を任せるかを本人が指定できる点が、後から選任される法定後見との違いです。
その任意後見監督人選任の申立ては、令和7年で881件。同じ年の後見開始の申立て29,233件と比べると桁が2つ違います。元気なうちにしか結べない契約はほとんど使われないまま、判断能力が落ちてからの法定後見に流れているのが実態です。
家の話に効く順に3つ
- 任意後見契約:任せる相手と範囲を本人が指定できる。公正証書で作り、監督人が選任された時点から効力が生じる。始まった後は監督人が付くため費用が続く
- 遺言:亡くなった後の分け方を先に固定する道具。家の行き先を決めておける。書き方と保管の選択肢は生前整理で決めておく5つのことで扱っています
- 家族信託:判断能力が落ちた後も受託者が管理や処分を続けられる形。設計が事案ごとに違い費用にも幅があるので、司法書士や弁護士から見積もりを取って比べる
今のうちに親の名義を子へ変えておく、という案もよく挙がります。これは贈与税と登記費用の計算に入る話で、編集部は税額の判断をしません。贈与と相続のどちらが自分の家で有利かは、税理士に自分の家の数字を出して聞く形にしてください。
税の要件は「元気なうちに家を空ける」を想定していない
元気なうちに動くほうが有利、と一律には言えない理由がここにあります。国税庁が示している要件を並べると、親が自分で売る道と、相続した子が売る道とで、時計の起点も条件も別だからです。以下は2026年7月30日に確認した内容です。
親が自分で売る場合は、住まなくなってから3年で区切られる
マイホームを売ったときの特例は、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる制度です。以前住んでいた家屋については、住まなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日までに売る場合に限る、とされています。親子や夫婦など特別の関係がある人に対して売ったものは対象外です。施設に移った日から3年の時計が動き出すと考えると、入居の判断と売却の判断は切り離せません。
相続した子が売る場合は、要介護認定の有無が条件に入る
被相続人の居住用財産(空き家)に係る特例も、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できます。令和6年1月1日以後に行う譲渡で相続人の数が3人以上である場合は2,000万円までの控除です。要件には、昭和56年5月31日以前に建築されたこと、売却代金が1億円以下であること、相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ることが挙げられています。
そのうえで、親が老人ホーム等に入っていた場合については、要介護認定等を受けて老人ホーム等に入所するなど特定事由により居住の用に供されていなかった場合、という条件が置かれています。入所の時から相続開始の直前まで、事業用や貸付用、被相続人以外の人の居住用に使われていないことも要件です。
相続税の側でも、要介護認定等が前提になる
小規模宅地等の特例は、特定居住用宅地等について330平方メートルまで評価額を80%減額する制度です。親が老人ホーム等に入居していた場合にこの特例の対象とするには、介護保険法に規定する要介護認定または要支援認定を受けていたことが要件とされています。
ここから読めるのは、制度が想定しているのは介護が必要になって家を離れた場合であって、元気なうちに自分の意思で家を離れた場合ではない、ということです。要介護認定を受ける前に住み替えを済ませて実家を空けると、どちらの入口の要件からも外れることがあり得ます。
編集部は税額の計算も、どの特例に当たるかの判断もしません。ここで押さえるべきなのは、住み替えの時期と要介護認定の時期の前後関係が、後で使える枠を左右し得るという構造だけです。自分の家がどれに当たるかは、住み替えを決める前に税理士に聞いてください。要件は年度で変わります。
引き金が来たときの、最初の一手
施設入居や住み替えの話が出たとき
入居費用の出どころを先に確定します。家を売って充てる前提なら、売れる家かどうかを親が判断できるうちに調べます。査定は複数社から取って幅で把握する。相場を知るだけの利用でも問題ありません。この段階で動かすのは情報だけで、売買の契約はまだ要りません。あわせて、住み替えの時期と要介護認定の時期の関係を税理士に確認しておくと、後から選択肢が減りません。
免許を返納した、認知機能検査を受けたとき
令和6年の申請による運転免許の取消し(自主返納)は427,914件で、うち75歳以上が264,916件、約6割を占めます(警察庁の推移資料)。返納は移動手段が変わる出来事なので、この家が生活を支えられるかを見る合図になります。買い物と通院の距離、坂の有無、バスの本数を実際に測ってみてください。
認知機能検査は、更新期間が満了する日の年齢が75歳以上の人が受けるもので、満了日の6月前から受けられます。認知症のおそれがある方と判定されると、公安委員会から連絡があり、臨時適性検査または診断書提出命令によって医師の診断を受けることになります。認知症であると診断された場合は、聴聞等の手続を経た上で免許の取消しまたは効力の停止を受けます。医師の診断が出る場面が近いということなので、家の判断を後回しにできる期間は短いと見ておきます。
入院した、要介護認定を申請したとき
在宅で続けるか、家を空けるかの分岐です。ケアマネジャーが付いた段階で、住宅改修と住み替えのどちらが安いかを比べられます。改修は介護保険や自治体の補助の対象になる場合があり、上限や条件は市区町村ごとに違います。2026年7月の時点でも制度は自治体ごとに別なので、住んでいる市区町村の窓口で確認してください。
一人暮らしになったとき
先に集めるのは名義と権利証、境界の資料です。物より紙が先になります。権利証が見つからない場合に代わる手段があるかどうかも、この段階で司法書士に確認しておくと、売却の時点で止まりません。家の中の物量に手を付けるのはその後で、順番は実家の片付けが進まないときの順番で確認してください。
親のほうから家の始末を口にしたとき
希望の中身を聞き取ります。売る、貸す、誰かに残す、住み続ける。結論まで出さなくても、希望が言葉になっていれば後の判断が速くなります。ここで物の仕分けから入ると手が止まるので、聞き取りと片付けは分けてください。
早く動きすぎると戻せなくなるもの
早いほうがよいのは情報で、早くなくてよいのは処分です。順番を逆にすると、次の3つで損が出ます。
行き先が決まる前に家を空にすると、空き家の側の時計が動き出す
誰も住まなくなった時点から、固定資産税と火災保険、庭木の手入れや外壁の補修といった維持の負担が家族の側に移ります。人が住んでいる家に比べて劣化も早くなります。空にするのは住み替え先が決まってからで足ります。
現金化した後で、親が戻りたいと言っても戻せない
売った家は買い戻せません。施設が合わずに戻りたいと言われたときに、帰る場所が消えている形は実際に起こります。売却を急ぐ理由が入居費用の捻出であれば、必要額と売却で見込める額を先に突き合わせて、売らずに済む道が残っていないかを確認してから決めます。
早く動いても損にならないのは、書類と数字だけ
登記事項証明書、固定資産税の課税明細、境界の図面、査定の幅。これらは取り直しが効き、親が住み続けても無駄になりません。判断を伴う作業(処分、解体、名義の変更)は引き金が来てからで間に合います。逆に、書類を集めていないまま引き金が来ると、そこから資料探しが始まって数週間が消えます。全体の順番と費用の段は実家じまいの進め方と費用の全体像にまとめています。
切り出し方より、動き出す条件を先に決める
親が元気なうちにこの話を持ち出す難しさは、中身ではなく形にあります。そろそろ家をどうするかと言えば、追い出される話に聞こえます。編集部が形として置いているのは、処分の合意ではなく、条件付きの合意です。
- もし入院が2週間を超えたら、家の書類を子がまとめる
- もし免許を返納したら、買い物と通院の動線を一緒に測り直す
- もし要介護認定が出たら、住み続ける場合の改修費と住み替えの費用を両方出してみる
いつ動くかを条件で決めておけば、引き金が来たときに説得の工程が要りません。決めているのは処分ではなく、動き始める合図です。この形なら、親が元気な今の時点では何も起きません。
兄弟がいる場合は、決め方だけ先に決める
誰が窓口になり、費用を誰が立て替え、最後に誰が決めるか。中身の合意は後でよく、この3点だけ先に置きます。決まっていないと、引き金が来てから合意形成に数か月かかり、その間も家の時計は動き続けます。
集まる機会は場として使い、その日に結論を出さない
法事や年末年始は人が揃うので、希望と情報を集めるのに向いています。ただし全員が揃った場の空気で決めた結論は、後から崩れやすい。持ち帰って書面にする前提で使ってください。
親が元気なうちの実家じまいについてよくある質問
何歳から始めるものですか
年齢の線はありません。割合で見るなら、要介護の認定率が65〜74歳の3.0%から75〜84歳の11.6%へ上がるので、その手前で書類を集め始める形になります。85歳以上では44.5%です。
親が元気なのに動くのは早すぎませんか
書類と数字を集めるのは早すぎになりません。処分、解体、名義の変更は引き金が来てからで足ります。この2つを分けておけば、早く動いても親の生活は変わりません。
親が話に乗りません
家の始末から入らず、条件の合意から入る形に変えます。もし入院が長引いたら書類をまとめる、という1行なら、いま何も動かないので受け入れやすくなります。
親の名義のまま、子が売れますか
売れません。代理で売るには本人からの委任が必要で、判断能力が落ちた後は後見の枠組みに入ります。居住用不動産であれば、家庭裁判所の許可を得ないでした処分は無効です。
施設に入居してからでは遅いですか
本人に判断能力があれば本人が売れるので、遅くはありません。ただし親が自分で売る場合の特例には、住まなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日まで、という期限が置かれています。入居してからの時間は測っておいてください。
認知症の診断が出たら、家はもう動かせませんか
診断名だけで決まりません。判断能力の程度によって後見、保佐、補助が分かれ、代理でできる範囲も変わります。どれに当たるかは編集部が判断できる範囲ではないので、家庭裁判所の窓口か、司法書士や弁護士に確認してください。
元気なうちに施設へ移ると、税の面で不利になりますか
不利になると断定はできません。ただし相続後に子が売るときの空き家の特例も、相続税の小規模宅地等の特例も、老人ホーム等への入居については要介護認定等を受けていたことを条件に置いています。住み替えの時期と認定の時期の前後は、決める前に税理士に確認する項目です。
